関連年表

昌益が活躍した時代の日本と世界

安藤昌益と同時代のおもな出来事を年表でご紹介します。謎に包まれた昌益の生涯を知るとともに、昌益が活躍していた時代、日本や世界で何が起こっていたのかを見わたしてみましょう。また、昌益の没後に行われてきた研究や関連事業についても知ることができます。

西暦 和暦 出 来 事
1703 元禄16 安藤昌益、秋田藩比内二井田(秋田県大館市)の農家に生まれる
 〃  〃 江戸開府100年。前年12/14(元禄16年1/30)、赤穂浪士、吉良上野介邸に討ち入り
1707   イングランド王国とスコットランド王国が合併し、グレートブリテン王国誕生
1709 宝永6 徳川家宣が江戸幕府第6代将軍に就任
1712   スイスで哲学者ジャン・ジャック・ルソーが誕生
1713 正徳3 徳川家継が江戸幕府第7代将軍に就任
1715   フランス国王ルイ14世が死去
1716 享保1 徳川吉宗が江戸幕府第8代将軍
1717 享保2 大岡忠相が南町奉行に抜擢され、越前守となる
1722 享保7 小石川養生所が設立される
 
1726 享保11 昌益24歳
医学講説人・2代目味岡三伯が死去
 〃   ジョナサン・スウィフトの『ガリバー旅行記』が出版される
1728 享保 日本にコーヒーが伝来。将軍・吉宗の要望により、長崎に象が運び込まれる
1732 享保17 昌益30歳。京都にて医学修行を開始。3代目味岡三伯に師事する
 〃  〃 西日本各地で大飢饉発生(江戸4代飢饉の1つ「享保の大飢饉」)
 〃  〃 アメリカ初代大統領ジョージ・ワシントンが誕生
 〃  〃 ブラジルでゴールドラッシュ起こる
 
1735 享保20 昌益33歳
息子・周伯が誕生
1736   バッハがザクセンの宮廷音楽家に任命される
1742 寛保2 公事方御定書が完成
 
1744 延享1 昌益42歳
八戸に移住し、十三日町に医院を開業する
<8月>遠野南部から訪れた流鏑馬の射手3名を治療
<秋>八戸が風水害に見舞われ12,000石以上の被害を受ける
<11月>八戸藩士岡本高茂邸に招かれる
<12月>天聖寺(八戸市十六日町)初講演。住職ら感銘を受ける
 〃  〃 思想家・倫理家の石田梅岩が死去
 〃   フランツ1世(マリア・テレジアの夫)が神聖ローマ帝国皇帝に即位
 〃   ジョージ王戦争勃発
 
1745 延享2 昌益43歳 
<2月>八戸藩家老・中里清右衛門を治療
<8月>『暦大意』執筆。一番弟子・神山仙確が江戸より帰郷
 〃  〃 徳川家重が江戸幕府9代将軍に就任
 〃   オーストリア継承戦争(フォントノワの戦い、ホーヘンフリートベルクの戦い
 
1746 延享3 昌益44歳
八戸藩宗門改帳に昌益一家が登場
「昌益44歳、男2人、女3人の5人家族で十三日町に居住」の記載
<8月>神山仙確が上京
 〃  〃 桃園天皇即位
 〃   レオポルド2世、神聖ローマ帝国皇帝即位
1748 寛延1 人形浄瑠璃『仮名手本忠臣蔵』大阪・竹本座にて初演。同年歌舞伎化
 〃   イタリアでポンペイ遺跡が発見される
 〃   ドイツで詩人・ゲーテ誕生
 
1749 寛延2 昌益47歳
八戸藩で猪飢饉が発生し、3,000名餓死、被害15,000~16,000石
 
1751 寛延4 昌益49歳
禅源寺(八戸市長者)の大江師、「猪退散」の祈願塔を建立
 〃 宝暦1 徳川吉宗・大岡忠相が死去
 
1752 宝暦2 昌益50歳
『統道真伝』、稿本『自然真営道』執筆開始
神山仙確が刊本『自然真営道』序文を執筆
 〃   イギリスでグレゴリオ暦が採用される
 〃   ベンジャミン・フランクリンが雷は電気であることを証明
 
1753 宝暦3 昌益51歳
<3月>刊本『自然真営道』を発行するも停止に
    板元は江戸・松葉清兵衛と京都・小川源兵衛
 〃  〃 宇都宮藩で百姓一揆「籾摺騒動」起こる
 〃   大英博物館設立
 
1754 宝暦4 昌益52歳
<7月>刊本『自然真営道』改板され再発行。
    板元は京都・小川源兵衛のみ
 
1755 宝暦5 昌益53歳
<2月>稿本『自然真営道』第1次分完成
八戸藩凶作。餓死者4,000~5,000名、18,000石の被害を出す
 〃  〃 宝暦暦発布
 〃   フランス王妃マリー・アントワネット誕生
1756   作曲家ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト誕生
 
1758 宝暦8 昌益56歳
天聖寺で八戸シンポジウム開催。全国から門人が集まる
<7月>妻子を八戸に残し、単身二井田へ移住
周伯が八戸藩士・北田市右衛門を治療
 〃  〃 尊王論者を弾圧した「宝暦事件」勃発
 〃  〃 フランス革命ジャコバン派指導者ロベスピエール誕生
1760 宝暦10 徳川家治が江戸幕府第10代将軍に就任
 
1762 宝暦12 <10月14日>昌益60歳で没
二井田・温泉寺に葬られる。戒名「賢勝道因士」
 〃   ルソーが『社会契約論』、『エミール』刊行
 
1763 宝暦13 昌益没後1年・周伯28歳
母(昌益の妻)を伴い京都に医学修行に出る
 〃  〃 イギリス・フランス間でパリ条約が締結され、七年戦争が終結
 
1764 明和1 昌益没後2年
3回忌法要が営まれ、二井田の門弟が「守農太神」石碑を
建立するも、宗教関係者との間に紛争発生
石碑破壊と安藤家後継者・孫左左衛門の郷払いを巡り訴訟起こる
 〃  〃 イギリスで砂糖法が制定される
 
1765 明和2 昌益没後3年
孫左衛門郷払い、昌益門弟で医師・内藤玄秀の追放決定
 〃  〃 イギリスで印紙法が制定される
1767 明和4 尊王論者を弾圧した「明和事件」起こる
 
1783 天明3 昌益没後21年
神山仙確没。天聖寺に葬られる
 〃  〃 天明の大飢饉発生。(江戸4大飢饉の1つ。被害は近世史上最大)
 〃   アメリカ独立戦争終結。イギリスがアメリカの独立を承認しパリ講和条約調印
1823 文政6 天保年間にかけ、宇都宮の田中真斎が昌益の医学理論を研究・記述
 
1882 明治15 昌益没後120年
稿本『自然真営道』保管者・「北千住の仙人」橋本律蔵死去
 〃  〃 自由党党首・板垣退助が遊説中に襲撃される(岐阜事件)
 〃  〃 自由民権運動・福島事件起こる
 〃   ドイツ・オーストリア・ハンガリーによる三国同盟が締結される
 
1899 明治32 昌益没後137年
第一高等学校(現:東京大学)校長・狩野亨吉が稿本『自然真営道』入手
 
 〃  〃 東京−大阪間に電話開通
 〃   米比戦争始まる
 
1908 明治41 昌益没後146年
狩野亨吉が雑誌『内外教育評論』1月号に論文「大思想家あり」を発表し、昌益思想を紹介
 
 〃  〃 社会主義者弾圧の「赤旗事件」発生
 〃  〃 日本統治下の台湾で縦貫鉄道 基隆−高雄間全線開通
 〃   ロンドンオリンピック開催
 
1930 昭和5 昌益没後168年
思想家・渡辺大濤が研究書『安藤昌益と自然真営道』発表
 〃  〃 銀座三越が開店
 〃   マハトマ・ガンディーがインド総督に対し非暴力・不服従による抗議運動開始
1945 昭和20 第2次世界大戦終結
 
1950 昭和25 昌益没後188年
E.H.ノーマンの『忘れられた思想家−安藤昌益のこと』が
岩波新書から刊行される
 〃  〃 金閣寺、放火により焼失、浅間山噴火、電波三法施行
 〃   朝鮮戦争勃発。中華人民共和国が各国に承認される
 
1992 平成4 昌益没後230年
八戸市公会堂で「昌益国際フェスティバル・八戸−没後230年・生誕290年記念」開催
 
 〃  〃 PKO協力法が成立
 〃   アルベールビルオリンピック開催
 
2004 平成16 昌益没後242年
天聖寺で「安藤昌益の再来−昌益八戸来住260年・生誕300年記念」開催
 
 〃  〃 自衛隊イラク派遣開始
 〃  〃 鳥インフルエンザの感染が公式に確認される
 〃   アテネオリンピック開催
 
2007 平成19 昌益没後245年
千住で「安藤昌益全国フェスティバルin千住」開催
 〃   スマトラ島沖地震発生
 
2008 平成20 昌益没後246年
八戸で「講談・安藤昌益−安藤昌益 天聖寺250年フォーラム−」開催
 
 〃  〃 福田康夫首相辞任・麻生太郎首相誕生
 〃   アメリカ投資銀行「リーマン・ブラザーズ」破綻
 〃   北京オリンピック開催
 
2009 平成21 昌益没後247年
<10月3日>八戸市八日町に「安藤昌益資料館」開館
 〃  〃 八戸市を中心に7市町で断水発生
 〃  〃 新型インフルエンザ流行
 〃   バラク・オバマ第44代アメリカ大統領誕生